名古屋地方裁判所 平成7年(ワ)3392号 判決 1998年2月27日
原告
伊達孝子
被告
近藤一成
主文
一 原告の被告に対する本件請求を棄却する。
二 訴訟費用は、原告の負担とする。
事実及び理由
第一原告の請求
被告は、原告に対し、金二四四三万九一三一円及びこれに対する平成七年九月一四日(本訴状送達の日の翌日)から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
【訴訟物―自賠法三条(民法七〇九条)に基づく損害賠償請求権及び民法所定の遅延損害金請求権。】
第二事案の概要
本件は、信号機のある交差点において、右折して来た被告運転の自動車と、直進で横断していた原告運転の自転車が衝突し、この事故により受傷し、かつ、後遺障害も発生したとして、原告が、その車の運転者及び保有者である被告に対して、その人身被害につき、自賠法三条(民法七〇九条)に基づき損害賠償を請求した事案である。
一 争いのない事実
1 事故の発生
原告(昭和一三年一二月一三日生、事故当時四〇歳)は、次の交通事故に遭遇した(以下、右事故を「本件事故」という。)。
(一) 日時 昭和五四年二月二四日午後四時一五分ころ
(二) 場所 名古屋市南区柴田本通五丁目四番地先道路上(以下「本件交差点」という。)。
(三) 被害車両 自転車(以下「原告車」という。)
右運転者 原告
(四) 加害車両 普通乗用自動車(以下「被告車」という。)
右運転者 被告
右保有者 被告
(五) 態様 本件交差点において、原告は、対面信号が青色表示であることを確認して、原告車に乗って横断歩道を北進していたところ、被告は、被告車を運転して本件交差点の北口から西方向に右折して来て、横断歩道上にいた原告車と衝突した。
2 被告の責任原因
民法七〇九条、自賠法三条
二 原告の主張
1 本件事故による原告の受傷について
原告は、本件事故により、左後頭部挫傷(血腫)、脳挫傷、頸部挫傷、両肩部・左上腕部挫傷(血腫)、右前胸部挫傷、右大腿部挫傷の傷害(以下「本件傷害」という。)を負った。
2 原告の治療状況について
(一) 福田外科、入院
昭和五四年二月二四日から同年四月三〇日まで、六六日間。
(二) 総合病院南生協病院、入院・通院
(1) 入院
<1> 昭和五四年五月二日から同年六月二九日まで、五九日間。
<2> 昭和五八年七月一四日から同年九月二八日まで、七七日間。
<3> 昭和六〇年九月七日から同年九月九日まで、三日間。
(2) 通院
<1> 昭和五四年四月二八日、一日。
<2> 昭和五四年六月三〇日から昭和五八年七月一三日まで、一四七五日間。
<3> 昭和五八年九月二九日から昭和六〇年九月六日まで、七〇九日間。
<4> 昭和六〇年九月一〇日から平成四年一一月三〇日まで、二六三五日間。
右の実通院日数の合計は二七七三日間。
(三) 名古屋大学医学部附属病院、通院
昭和五四年一〇月五日から平成五年一二月二〇日まで、一〇日間。
(四) 中部労災病院、通院
平成元年八月二三日から平成五年一〇月四日まで、三日間。
3 本件事故による後遺障害について
原告は、本件事故による後遺症として、平成五年五月二四日に症状固定により、頭痛、後頭痛、頸部痛、関節部痛、腰痛、嘔吐、両手のしびれ、左足痛等椎間板障害、しんせん、ふくそう不全、眼性疲労等視力障害などの障害(甲第二号証の後遺障害診断書では、その傷病名としては「外傷性頭頸部症候群、筋緊張性頭痛、左肩亜脱臼、左肩腱板損傷、手指振戦、外傷性腰頸椎間板障害」となっている。)が残った。(以下「本件後遺障害」という。)
そして、本件後遺障害は、自動車損害賠償保障法施行令第二条別表後遺症害別等級表(以下「別表等級表」という。)の第七級二〇に該当する。
4 原告の損害について
(一) 本件後遺障害による逸失利益 金一七六五万三六七九円
平成五年賃金センサス、女子労働者、高卒、五〇~五四歳 金三二〇万九九〇〇円
七級の労働能力喪失率 五六パーセント
一三年間右の労働能力を喪失し、その新ホフマン係数 九・八二一
<計算式> 三二〇万九九〇〇円×〇・五六×九・八二一=一七六五万三六七九円
(二) 後遺症慰謝料 金九五〇万円
5 消滅時効についての反論
原告が、本件後遺障害についてその症状固定だと知ったのは、少なくとも労災保険の扱いにおいて症状固定とされた平成五年五月二四日以降であり、本件の消滅時効の起算点は右期日をもってなされるべきである。
6 労災保険からの労災保険年金の支払
<1> 平成六年五月二日 金五九万六五〇〇円
<2> 平成六年八月一日 金一六万四二〇〇円
<3> 平成六年一一月一日 金一四万五〇七五円
<4> 平成七年二月一日 金一四万五〇七五円
<5> 平成七年五月一日 金一六万一四一六円
<6> 平成七年八月一日 金一四万七〇五〇円
<7> 平成七年一一月一日 金一五万二三五〇円
<8> 平成八年二月一日 金一五万二三五〇円
<9> 平成八年五月一日 金一五万二三五〇円
<10> 平成八年八月一日 金一五万二三五〇円
<11> 平成八年一〇月一五日 金一二万二九五〇円
<12> 平成八年一二月一三日 金一〇万二九五〇円
<13> 平成九年二月一四日 金一〇万二九五〇円
<14> 平成九年六月一三日 金一〇万二九五〇円
<15> 平成九年八月一五日 金一〇万二九五〇円
<16> 平成九年一〇月一五日 金一〇万五五一六円
<17> 平成九年一二月一五日 金一〇万五五一六円
以上合計金二七一万四五四八円
三 被告の反論(消滅時効と因果関係の不存在)
原告は、平成七年八月三一日に本訴を提起したが、原告主張の本件後遺障害のうち、「左肩以外の後遺障害」は、本件事故からほぼ五年を経過した時点で症状固定となっていて、原告の本件損害賠償請求権は、本件訴訟提起当時既に時効により消滅しており、また、「左肩の後遺障害」は、本件事故と因果関係がないので、いずれにしても原告の主張はまったく根拠がない。
1 消滅時効
左肩以外の症状については、原告の主治医等の見解によっても、遅くとも本件事故から約五年間を経過した昭和五九年一月ころには、その症状は固定していたことは明らかである。したがって、左肩以外の後遺障害に基づく原告の本件損害賠償請求権は、原告が本件訴訟を提起した平成七年八月三一日当時には、既に時効によって消滅していたのである。
被告は、右消滅時効を援用する(第一回口頭弁論期日)
2 因果関係の不存在
左肩の症状については、その治療途中において、一年三か月間もの長期間にわたって原告は肩の痛みを訴えておらず、その痛みを訴えなくなった昭和五四年一〇月一六日ころ、左肩の痛みは消失し、その主治医の見解どおり、左肩の傷害は治癒していたことは明らかであり、その後、昭和五八年夏に手術を要することになった左肩の症状は、本件事故とは因果関係がなく、原告の主張は根拠がない。
四 本件の争点
被告は、まず、原告の本件後遺障害の有無、本件事故との因果関係の有無、その症状固定の時期について争い、また、原告主張の各損害額等についても争い、さらに、消滅時効の抗弁を主張した。
第三争点に対する判断
(以下において使用する書証については、その成立〔写しについては、その原本の存在と成立ともに。〕については、いずれも当事者間に争いがない。)
一 原告の受傷及び本件後遺障害等について
前記の争いのない事実に加えて、甲第七ないし甲第一四号証、甲第一七号証、乙第二号証及び乙第三号証、証人上野芳郎の証言(ただし、後記の採用しない部分を除く。)及び原告本人の供述(ただし、後記の採用しない部分を除く。)並びに弁論の全趣旨によれば、次の各事実を認めることができる。
1 原告は、本件事故により、事故当日(昭和五四年二月二四日)、福田外科に入院して、「左後頭部挫傷(血腫)、脳挫傷、頸部挫傷、両肩部・左上腕部挫傷(血腫)、右前胸部挫傷、右大腿部挫傷」という病名の本件傷害を負い、その治療を受けたこと、
そして、「引き続き入院中、症状漸次軽快、頭部疼痛もかなり消散す、また頸部疼痛もほとんど軽快、両肩部左上腕腫脹疼痛も消散す、右前胸部疼痛も消散す、右腰部に悄々疼痛あり」の容態で、昭和五四年四月三〇日に、転院のために福田外科を退院したこと、
2 その後、昭和五四年五月二日に、総合病院南生協病院(以下「南病院」という。)に入院して、「外傷性頭頸部症候群、後頭部痛、後頸部痛、右肩から右腕の痛み、頭重感」の病名で、安静保存療法(薬物療法、理学療法)の治療を受けて、昭和五四年六月二九日には、「症状軽快の状態」という容態で一旦は南病院を退院し、その後は通院することになったこと、
3 その後の原告の本件傷害についての治療状況は、次のとおりであったこと、
(一) 南病院、入院・通院
(1) 入院
<1> 昭和五八年七月一四日から同年九月二八日まで、
<2> 昭和六〇年九月七日から同年九月九日まで、
(2) 通院
<1> 昭和五四年六月三〇日から昭和五八年七月一三日まで、
<2> 昭和五八年九月二九日から昭和六〇年九月六日まで、
<3> 昭和六〇年九月一〇日から平成六年一一月三〇日まで、
(二) 名古屋大学医学部附属病院、通院
昭和五四年一〇月五日から平成五年一二月二〇日まで、
(三) 中部労災病院、通院
平成元年八月二三日から平成五年一〇月四日まで、
4 そして、原告は、本件事故による後遺障害として、その後遺障害診断書によれば、平成五年五月二四日の症状固定により、その傷病名としては「外傷性頭頸部症候群、筋緊張性頭痛、左肩亜脱臼、左肩腱板損傷、手指振戦、外傷性腰頸椎間板障害」が残っているとされていること、
二 原告の本件後遺障害の症状固定時期について
1 前掲の各証拠及び弁論の全趣旨によれば、次の各事実を認めることができる。
(一) 南病院における原告の当初の主治医である遠藤医師は、本件事故から二年を経過した昭和五六年二月二四日付けの診断書で、「今後六ケ月間において症状固定」と記載していること、
(二) その後の原告の主治医である南病院の堀井医師は、本件事故からほぼ三年を経過した昭和五七年二月一八日付けの診断書で、「生活上不便なし、そろそろ打ち切りの話をした」と記載し、さらに、同年同月二五日付けの診断書では、「打ち切りに向けて話をすすめること」と記載して、労働災害(通勤災害)による治療を打ち切り、後遺障害として認定する方針を原告に対して説明していること、
(三) その直後の昭和五七年二月二六日に、南病院の堀井医師は、名古屋大学医学部附属病院眼科の三宅医師に対して、「眼鏡の処方を受け、視力障害は軽減してきております。通勤災害で治療を受けておりますが、今後の治療の必要性の有無、後遺症の有無etc、御高察のうえお知らせください。本人の希望で打ち切れるものなら、後遺症診断のうえ、通災による治療を打ち切りたいと思っています。」と照会したのに対して、同附属病院眼科の菅原医師は、同年三月一七日付けの回答書において、「症状としては固定していますので、後遺症として扱うのがよいと思われます。」と回答していること、
(四) さらに、南病院の堀井医師は、本件事故から三年六か月を経過した昭和五七年九月一八日付けの診断書で、「打ち切りの話をする」と記載していること、
(五) また、南病院の遠藤医師は、本件事故からほぼ五年を経過した昭和五九年一月三〇日付けの診断書で、「運動訓練にて左肩の機能は改善中、その他は症状固定と推測される。」と記載していること、
(六) また、本件後遺障害の傷病名のうち、「左肩の症状」については、
(1) 原告の右の「左肩の症状」については、もともと南病院の当初の診断書等においては、まったくその異常がある旨の記載はなかったこと、
これに対して、南病院の診療録においても、原告の入院以来、昭和五六年一〇月二六日までの原告の病名としては、「頸部挫傷、腰部挫傷、外傷性頭頸部症候群、外傷性椎間板障害、外傷性手指振戦症、外傷性筋緊張性」と記載されているだけであったのに(甲第九号証の一枚目)、本件事故からほぼ三年を経過した昭和五七年二月二日の日付で、右診療録の傷病名に「左肩関節亜脱臼」の記載が追加され(甲第九号証の一枚目)、これがさらに、右「左肩関節亜脱臼」の記載が抹消されて、「(左肩腱板損傷)」の記載に訂正されていること(甲第一〇号証の一枚目)、
(2) 右の記載とは別に、原告の具体的な左肩の痛みの訴えについては、原告は、昭和五四年六月三〇日から南病院に通院をしてその治療を受けていたものであるが、そのカルテの記載によれば、昭和五四年一〇月二三日までは約一〇回程度、左肩ないしは肩の痛みに関する訴えをしていたものの、右の昭和五四年一〇月二四日以降は右の訴えはなくなり、その後に左肩の痛みを訴えたのは、右から約一年三か月を経過した昭和五六年一月三〇日のことであり、このように一年以上にわたって、原告は何ら左肩の異常を医師に対して訴えておらず、したがって、医師も右の点に関する治療を原告に対して施した形跡はないこと、
(3) したがって、本件後遺障害の傷病名のうち、「左肩の症状」(具体的には「左肩亜脱臼、左肩腱板損傷」)については、本件全証拠によるも、本件事故との相当因果関係のあることを認めるに足りる証拠はないこと、
以上の各事実が認められ、右認定に反する証人上野芳郎の証言及び原告本人の供述は、前掲の他の証拠に照らして、ただちにこれを採用することができない。
2 以上の認定各事実及び弁論の全趣旨を総合すれば、原告の本件後遺障害(ただし、本件後遺障害のうち、「左肩亜脱臼、左肩腱板損傷」については、本件事故によるものとは認められないことは前記認定、判断のとおりであるから、これらは除くものである。)について、本件事故から五年余りを経過した、遅くとも昭和五九年三月末日までには、その症状は固定していたものと推認するのが相当であり、右推認を覆すに足りる証拠はない。
三 消滅時効の抗弁について
1 以上の認定、判断によれば、原告の被告に対する本件損害賠償請求権については、原告は、遅くとも昭和五九年四月の時点において、本件の損害(具体的には本件傷害による損害と本件後遺障害による損害)を知り、かつ、加害者(被告)を知っていたもの(民法七二四条)と認めるのが相当である。
したがって、原告の本件損害賠償請求権は、原告が本件訴訟を提起した平成七年八月三一日の時点においては、既に時効によって消滅していたことは明らかである。
そして、被告が、右消滅時効を第一回口頭弁論期日(平成七年一〇月一八日)に援用したことは、顕著な事実である。
2 そうすると、原告の本訴請求(請求原因事実)については、その余の事実について判断するまでもなく、その理由のないことは明らかである。
四 結論
以上の次第で、原告の本訴請求は、その理由がないから失当なものとしてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担については民事訴訟法六一条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 安間雅夫)